くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

3年ぶりに『雇用大崩壊 失業率10%の時代』(田中秀臣著)を読んだ

 たまたま本棚で目についたので久々に本書を読んでみました。本書はリーマンショック後の2009年3月にでた本なのですが、一読していまでも通用する本だと感じました。

章構成
第1章 「二段階不況」の日本
第2章 経済の現状に対する、五つの誤解を解く
第3章 漂流する若者世代
第4章 正社員の憂鬱
第5章 今こそ金融・財政政策の総動員を
第6章 雇用回復への処方箋

 私がまず一番に驚いたのが第2章の部分。ここではちまたに流布する経済言説を5つ取り上げて解説しているんだけど、その5つというのが、

  1. 金融危機(あるいは世界同時不況)による日本への影響は比較的軽微である」
  2. 円高は日本が強い証拠」
  3. 完全失業率はそれほど上昇していない」
  4. アメリカドルが基軸通貨である時代は終わった」
  5. 「利上げしないと年金生活者の生活が脅かされる」

 1,4,5はあまり聞かれなくなったかな。しかし2,3はいまでもよく耳にする。というか当時円高だったっけ?震災以降のスーパー円高を見ると、リーマンショック時の為替水準が円安水準に思える(笑)

 第3章では若者の非正規雇用増加問題を、景気と若者自身の選好(双曲割引曲線)から説明し、悪循環から抜け出すために景気を良くする必要性を説いています。

 第4章はいま正社員の人が立たされている苦境(「見なし管理職問題」、「サービス残業」、「自殺」など)を解説し、これらの状況を改善するためには不況を止める必要性を訴えています。

 第5章は具体的に景気を良くする方法を解説しています。クルーグマンの「子守協同組合」*1を枕に、インフレターゲット政策の必要性を説き、財政政策で直接雇用を増やせ!とまで書いてある。その部分を引用してみましょう(p115〜)。

 あるいは、財政出動を直接雇用に使う手もあります。たとえば看護や介護、学校教育などへの支出も増やすべきでしょう。看護師や介護士、公立幼稚園や保育園の職員、学校の教員などを増やすのです。警察官がもっといてもいいし、それがダメなら地域の安全を守る保安要員のような人を採用する手もある。こういう形の直接雇用が、雇用状況の改善に最も貢献します。
 今、ロス・ジェネ世代の働ける場所は極めて限られています。民間企業に正社員として就職するのは、残念ながら難しい情勢です。それなら、彼らを公務員として採用すれば良いのです。あるいは半官半民の組織でもいいでしょう。これらは最も手っ取り早い雇用対策だと思います。
 実際、こうした公的サービスの拡充は各所で求められています。なおかつ現状として人材も不足しているのだとすれば、直接雇用は財政政策の1つのあり方として既存のスキルでできるはずです。

 おお、私も少し前にTwiterで同じようなことをつぶやいた記憶が(笑)*2 しかし、この文の直後に田中先生はこれら直接雇用政策ができない理由を述べています。さらに引用(p116〜)。

 ところが、それができていない。なぜなら、現在世雇われている公務員が反対するからです。予算が限られている中で直接雇用を増やすと、自分たちの待遇が下がってしまうのではないかと考えているわけです。ならば、その部分への財政支出を一定程度増やせば良いのですそれによって直接雇用を増やせば、全員がハッピーに収まると思います。

 ……3年後、ときの政府が選んだ方法はみんなハッピーになる方法ではなく、若者の就職をさらに追い詰める方向に突き進みましたとさ*3。理由も、おそらくここで田中先生が述べたとおりなのでしょう。

 次の部分もまるで今を見て書いているかのよう。

 また、学生に対しては奨学金をもっと拡充すべきです。公的教育が衰退すると、その国は長期的にダメになります。ところが日本では、景気が悪くなるたびに、年金不安や医療不安、将来不安という形で老人世代が非常に発言力を増していきます。(中略)たしかに、年金・医療などは深刻な問題ですが、公教育システムの減少に歯止めをかけることが、その声にかき消されてはいけません。
 年金も医療も、今働いている若い世代、もしくはこれから活躍する10代が支えていくものです。これらは不況の中でともすれば忘れられがちなことですが、きわめて重要な点だと思います。

 本書を読めば田中先生がいかに雇用問題を重視しているかが分かります。いま読み返してみても本書は十分読むに値するものだと思います。まあ、裏を返せば政府や日本銀行はこの3年間なーんにもやってこなかったってことなんだろうけどね。3年は短い?でも、3年前に高校に入った人はすでに卒業した年だし、3年前に大学に入学した人は就職活動を始める時期だ。3年前にしっかりとしてマクロ経済政策をしとけば良かったのに。いや、3年前どころか20年前からやっておけば、ここまで日本が苦境に立たされることはなかっただろうに……

 

以下蛇足
ネット上の左派には人気がない田中先生だけど……
 書こうかどうか迷ったけど書いちゃえ(笑)。ネットやTwitterを横目で見る限り、どうも田中先生は左派には人気がないようだ*4。でも、本書を読めばいかに田中先生が雇用問題を重視しているか分かります。本書で「財政政策で直接雇用を増やせ!」と主張している人が、「市場原理主義者」や「日本の公的ネットワークの破壊者」なのだろうか?むしろ真逆に位置している人だと思うけど。

 もしかしたら田中先生の語り口が嫌いなのかも?それなら本書はなおさらオススメです。NHK出版からでているので語り口も穏やかですよ(笑)

雇用大崩壊―失業率10%時代の到来 (生活人新書)

雇用大崩壊―失業率10%時代の到来 (生活人新書)

*1:http://cruel.org/krugman/babysitj.html

*2:https://twitter.com/#!/walwal/status/177937873666965505

*3:「国家公務員採用抑制 56%減で決着」(NHKニュース)

*4:だいたいネット上に転がっているリフレ派批判の文章は、「リフレ派」という単語を、「田中秀臣」、「上念司」、「高橋洋一」(敬称略)に置き換えることが可能だと思っている(笑)