くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

自分の立ち位置を確認できる本(湯本雅士著『金融政策入門』感想)

 「大胆な金融緩和」を掲げる安倍首相が登場してほぼ1年。黒田総裁が4月に打ち出した「量的・質的金融緩和」から半年がたとうとしています。その影響か、日銀の金融政策について述べている本がたくさん出回るようになりました。そうした動きの中で、従来の日銀がとっていたスタンスに近い人が相次いで一般向けの新書で金融政策の入門書をだしたことは、リフレ派*1であろうとリフレ懐疑派であろうと、金融政策上の自分の立ち位置を確認できる点において良いことだと思います。

 まずは著書の経歴をざっくりと。湯本雅士先生は1937年生まれ。1960年に東大法学部を卒業、同年日本銀行に入行(以下省略)。現在、衆議院調査局財務金融調査室客員調査員。立ち位置としては翁邦雄先生と同じく元日本銀行の中の人ですね。

 じゃあ、本書はいわゆる「反リフレ派」バリバリの本かというと、全然そんなことはありません。本書は金融政策の基礎からその変遷などを丁寧に解説しており、バランスの取れた解説書となっています。

 ただ、本書を読み進めていくと、湯本先生がリフレ派をあまりよく思ってないことが行間からにじみ出ているのは事実でして(笑)、マネタリスト・アプローチに対する度重なる批判やリスク(問題点の)指摘など、リフレ寄りの人が読んだら「カチン」とくるかも?

 でも、リスクの指摘はもっともだし、こちらはリスクよりが利点があるから支持しているわけです。まあ、日本銀行によって「量的・質的金融緩和」が進められている現在、広い心で読みましょう(笑)。

 章ごとの要約と私の感想を次の通り。

第1章 金融政策を理解するために
 ここでは金融政策の役割や金融政策の手段など基礎的なことが書かれています。基本、教科書どおりのことが書かれていますが、「銀行券(貨幣)の発行量を決めているのは政府や日銀ではなくて国民の需要である(要約)」という記述を目にしたときは「こりゃ、また懐かしい理屈だな」と思いました(笑)*2

 本章では金融政策の波及過程を「ケインジアン・アプローチ(金利重視)」と「マネタリスト・アプローチ(貨幣量重視)」とに分けて解説しています。この見解の違いは本書でたびたび出てきますので、本書を読み進めるにはこれらの違いを覚えておいたほうがいいでしょう*3。ただし、これらの違いを解説した後に湯本先生も書いておられますが、現代のマクロ経済学では「期待」の理論が中心で、両方を明確に分けられるものではないという点も頭の片隅に置いておきましょう(この点は「第5章 2 金融政策の波及過程再考」で再び出てきます)。

第2章 金融政策の軌跡
 この章では日本の歴史(主に90年代以前と以降)を振り返りながら、インフレやデフレの害、伝統的金融政策(金利調節)と非伝統的金融政策(「期待の管理」)の解説を行っています。「期待の管理」の難しさもおっしゃるとおりだと思います。

第3章 金融政策と財政・為替政策
 この章では国債の話や為替の話を取り扱っています。財政の話は各人のスタンスによってずいぶん違うからなあ(湯本先生はもちろん財政規律派)。「財政の悪化(粗債務GDP比の上昇)は突発的な金利上昇が起こる確率を上げる。これは経済にとってリスク要因だ。よって、財政健全化(粗債務GDPをある水準以下に下げて留めておく)は必要だ」 これに私も異存はありません。問題はそれをするタイミングと手段だよなあ。

 為替の話は購買力平価金利平価説の解説の後、金融政策と為替の関わり合いを解説しています。私が「おっ」と思ったのが、昨年(2012年)の円高局面の解説。湯本先生によると2012年の円高は為替市場参加者の自己実現的な動きがあったと解説します。その部分を引用(p137-139)。

 とりわけFRBが金融緩和に積極的であるのに対して日銀は生ぬるい、などという話が伝わり、それを皆が信じると、それが円高要因になって相場に反映されます。
(中略)
 こうした風潮を煽ったのが、メディアの報道ぶりと、一部の学者やエコノミストたちの強力な金融緩和促進キャンペーンであったことはよく知られています。そうした結果を事後的に見ると、あたかも、米国金利が低下する一方で日本の金利が下げ渋り、日米金利差が縮小したために(引用者注:「ために」に傍点)円高が進んだ、というような印象を与えるグラフができあがります。

 そうしたことのもう一つの例として、ソロス・チャートと呼ばれるものがあります。
(ソロス・チャートの説明とその問題点を指摘しているが省略)
 相関関係が深まった時期についての背景は必ずしも明らかではありませんが、市場関係者の多くがソロス・チャートの有効性を信じさえすれば、実際にそのような動きが生ずるという「期待の自己実現」の一例であるという見方もできます。ファンドマネージャーの中には、こうした動きを利用して意識的に一方的な情報を流し、それで一儲けした人もいたはずで、そういう、いわゆる「ポジション・トーク」もあるいは一役買ったのかもしれません。 


 辛辣というかそこまで言っちゃっていいの?と思わず思ってしまう解説。もちろん湯本先生はその直後に「もちろんこれだけが円高の要因ではない」と述べていますが……

第4章 中央銀行が直面している諸問題
 この章では中央銀行の独立性、インフレターゲット政策、白川総裁時代の金融政策、黒田総裁の下で行われている「量的・質的金融緩和」、「出口問題」の解説を行っています。この章で印象に残っているのは湯本先生が作成した白川前総裁が行った金融政策の一覧かな(p182-183)。見開き2ページに収められており、これはなかなか便利です。

 ちなみに湯本先生の白川総裁評は「白川総裁は頑張ったが、政治の停滞など国民の閉塞感は強まるばかりでこうした状況では消費や投資が増えないのも当然だ。メディアの報道ぶりもこうした閉塞感を助長したことは否定できない。」というものです。私なんかは単に「中央銀行と市場との対話の失敗」だと思ってしまうけどなあ。

 まあ、それだけ「期待の管理」というものが難しいと言うことなんでしょう(「期待の管理」の難しさは本書でさんざん指摘されていますし、私もそれを否定するつもりはありません)。


第5章 デフレに対する処方箋
 この章では岩田規久男-翁邦雄論争からの金融政策論争をふりかえり、もう一度金融政策の波及過程や日本のデフレ問題を取り上げています。湯本先生の考え(スタンス)が一番現れている箇所だと思います。

 湯本先生は岩田規久男-翁邦雄論争から2010年までの金融政策論争を振り返りこうまとめます(p211)。

 このように見てくると、リフレ反対派も、リフレ派が強調する「思い切った金融緩和策」の実施と効果自体を否定しているわけではないことが分かります。反対派が強調するのはむしろそうした政策に潜むリスクないしは副作用であって、この点についての見解は次のようなものです(これ以降リフレ反対派の見解がまとめられているが略)。

 次に湯本先生のリフレ派評(p213〜)

 とすると、現代のリフレ派はマネタリスト・アプローチの信奉者なのでしょうか。直感的にはその通りと言いたくなるのですが、マネタリストアプローチはかつての古典的・牧歌的な時代に比べると大きく変質しています。
(ここから単純なマネタリスト・アプローチの問題点の解説。マネタリスト・アプローチの問題点を簡単にまとめると

  • 貨幣数量方程式(MV=PT)の問題(この式は事後的な恒等式であって、因果関係を表すものではない)
  • 貨幣の回転率を一定と仮定していること
  • 信用創造説の安易な適用など)

次の箇所も(p221)

 マネタリスト・アプローチに潜在する理論的な問題は以上のようなものですが、このために、研究者の中でも、マネタリスト・アプローチに対しては懐疑的な見方が大半です。これまでのゼロ金利ないしは量的緩和の跡をたどった研究においても、中央銀行による準備の大幅積み上げは世間一般に安心感を与え、金融システムの安定化に相応の寄与をした点では評価されるが、それが実体経済に好影響を与えたという確たる証拠はなく、理論的にもサポートするのが難しいというのが大方のコンセンサスになっています。

 

 ここまで言い切っちゃっていいのかな?「量的緩和を巡る効果は、まだ経済学者の間でも議論が続けられています」という風にしといた方がかどは立たないと思うけど(笑)。たしかに量的緩和を巡る効果ははっきりした結論はでていないみたい*4量的緩和の効果としては、

  1. 時間軸政策のコミットメント強化
  2. ポートフォリオ・リバランス効果

 が、あげられます。先ほど注釈で紹介した鵜飼氏のペーパーでは、1の効果はある。2の効果に関しては不透明と、まとめられています。私としては「時間軸政策のコミットメント強化」さえあれば十分と思っているんだけどね*5

 さて、湯本先生のリフレ派評に戻りましょう(p226〜)。

 それでは、こうしたマネタリスト・アプローチに対する批判は、現在の日本銀行の金融政策にも当てはまるものでしょうか。確かに、ベースマネーに目標値を儲け、大量の国債を買い入れる政策は、一見マネタリスト・アプローチそのものに見えます。しかしながら、かつての古典的・牧歌的なマネタリスト・アプローチは、その後、「期待」理論の影響を受けて大きく変質しています。黒田体制下の金融政策は、中央銀行が思い切った大胆な金融緩和を行う姿勢にあることを強く打ち出すことによって醸成される「期待」が、株価や為替相場、あるいは不動産価格に及ぼす影響に重点が置かれており、決して、「マネタリーベースの拡大→マネーストックの増加→物価の上昇・景気の回復」といった、古典的なマネタリスト・アプローチに従っているわけではありません。したがって、マネタリスト・アプローチに内在する理論的な問題点を指摘することによって、現在日銀が行っている金融政策を批判したとしても、それは的外れの議論であるように思われます。

黒田アプローチが成功するかどうかのカギは、期待への働きかけの効果が、目に見える形で実体経済に影響を与え続けることができるかどうかにかかっています。


 よくまとめられていると思います。その通りとしか言いようがないなあ。


 最後は「3 デフレの真因とそれへの処方箋」という節です。この部分を簡単にまとめると、デフレは成長率低下や人口減や名目賃金の減少も要因として考えられる。「期待」理論中心の金融政策は本来脆弱なものであり、成長戦略がデフレ脱却に重要なのだと、まとめられます。この箇所は「本当にデフレだったのか」という小見出しがあったりして、リフレ派の中には反発する人がいるかもね。


まとめ
 こうして通してみると、リフレ派、反リフレ派双方の見解を取り上げてまとめられており、バランスの取れた新書となっていると思います。翁邦雄先生の新書(『日本銀行』)と比較して、こちらの方が「リフレ派嫌い」という想いがにじみ出ているのはたしかだと思いますが(笑)、それはたいした問題じゃないか。

関連リンク
 私が書いた翁邦雄先生の『日本銀行』の感想はこちら

*1:私が「リフレ派」という言葉を使うときは「金融政策&財政政策を活用してデフレを脱却し、安定的なインフレを目指す集団(最広義リフレ派)」を指します。

*2:いわゆる「日銀理論」のひとつ。10年ぐらい前によく見た記憶が……

*3:前にも書いたけど、湯本先生は「マネタリスト・アプローチ」には懐疑的。

*4:ネットで手軽に読めるものとしては鵜飼氏によるこのペーパーだと思う(2006年に書かれたものでちと古いけど)。

*5:そりゃ、ポートフォリオ・リバランス効果があればなおいいけども