くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

清家篤著『雇用再生』感想

はじめに 
本書は批判されがちな日本的雇用制度((新卒一括採用を経た)終身雇用、年功賃金、企業別労働組合)を説明しながら、これからあるべき雇用制度のあり方を述べた本です。

 本書は一般向けの本であり、記述も具体的で平易。それに著者のスタンスが素晴らしい!それは次の箇所に現れていると思います(p30)。

 変化するとしても、魔法の杖のようなものがあって、雇用の仕組みが右から左に変わるようなものではない。働き方や雇用のあり方が変わる、あるいはそれらを変えるというのは決して働き方や雇用制度の「革命」ではなく、「改革」であるべきだ。それはできるだけ人々の納得を得ながら、副作用をできるだけ抑えつつ着実に行っていく、そういう改革、変革が求められているのである。


 ようするに、「今までの日本の雇用慣行は雇う側、雇われる側双方にメリットがあったから続いていたもので、それをちょっと経済状況にそぐわなくなったからといって、全部ひっくり返すなんて無茶だ。日本の雇用制度の良い部分を残し、時代にそぐわなくなった部分を改良していけば良いのである」ということですね。

 清家先生はそれを「『革命』よりも『改革』である」と、述べていますが、日本で叫ばれている「(構造)改革」という言葉には「革命」要素を多分に含んでいるような気がします。なんかいいスローガンがないかなあ?私は「漸進主義」という言葉がぴったり当てはまると思っているけど、ちょっとこの言葉はかたいよね……

本書の問題意識
 本書の問題意識は第2章の「経済の構造変化と雇用制度」で述べられています。第2章を簡単に要約すると、高齢化の進展による労働力人口の低下による成長の低下は避けられない。労働力人口の低下による成長の低下は女性(特に20代後半以降の女性)と高齢者人口の活用によってある程度緩和できる。よって雇用制度改革はこの層を上手に活用していくような制度に変えていかなければならないと清家先生は述べます。

 実は本書はいわゆる循環的な失業*1は問題にしてないんですよね。これだけで「(この本は)アウトー」と思ってしまう方もおられるかもしれませんが、政府&日銀によってデフレ脱却が進められている現在、遅かれ早かれ循環的な問題は解消され、構造問題がクローズアップされるでしょう。そのときのために本書の議論は役に立つと思います。

 もうひとつ。「どうして高齢者と女性なんだ?」と思う方もおられるかもしれません。それは次のグラフで納得されると思います。

 労働力率とは、総人口に占める労働力人口の割合です。これを見ると労働可能年齢(15-64歳)男性のほとんどはすでに労働力として活用されているんですよね。

 ここで注意しないといけないのは「労働力人口」という言葉です。労働力人口とは就業者と完全失業者を足しあわせたものです。「どうして労働力人口に失業者が含まれているんだ?」と思うかもしれませんが、完全失業者は就労意欲があり、希望する職があればすぐ働ける人のことを言います。失業者を減らすにはいわゆる景気対策(拡張的財政&金融政策)でいけますが、労働力人口の低下は景気対策では限界があります。だから非労働力人口(つまり高齢者と女性)の活用が必要なのです。

 また労働力人口の低下以外に清家先生は付加価値生産向上の必要性も述べます(これは第7章で詳述)。人口が減る中で経済を維持するためにはひとりあたりの生産性を伸ばすことが必要であるという議論は特に異論はないと思います。


第3,4,5章
 ここでは、日本的雇用制度と言われている、(新卒一括採用を経た)終身雇用(第3章)、年功賃金(第4章)、企業別労働組合(第5章)を取り上げています。

 ここを一読すれば分かりますが、清家先生はこれらのメリットを強調しています。列挙すると、

  • 新卒一括採用は若年層の失業率低下に一役買っている
  • 終身雇用は(OJTを通じた)人的資本の蓄積という観点から見れば非常に優れた制度だ
  • 雇用の流動性は人的資本を劣化させる可能性がある
  • 年功賃金は戦前労働者の定着を高めるために一部の業界で導入された制度で、戦後、安定成長の下で日本に広まっていった*2
  • 労働市場において労働者と企業は対等な存在ではない。そのため労働組合や労働者保護規制がある。これによって初めて労働者と企業が対等な立場で交渉できるのである。


 特に異論はないと思います。経済問題に興味を持っている人ならば「常識じゃん」と思うことばかりだと思います。

 もちろん、経済状況の変化により、これらの制度にも問題(歪(ひず)み)が生じていることは清家先生も指摘しています。だからといって清家先生は「全部つぶして新しく作り替えよう」とは言いません。「はじめに」の部分でも述べましたが、ちょっとずつ「改良」していくことで対応していこうというスタンスです。

第6章「格差是正は可能か」
 ここでは近年増加している非正規雇用正規雇用との「格差」について述べています。清家先生によると非正規雇用は「人的資本の蓄積」および「社会保障の脆弱さ」の点で正規雇用と格差があり、これらの格差を縮小するために公的部門の介入の必要性を述べています。

 それと意外と思ったのが、清家先生は非正規雇用自体を否定していないんですよね。「個人の自由で自立的な選択である限り、雇用の多様化は望ましいことだ」と述べています(p212)。ただし、その後にこうも述べています(p213)。

 

 許されないのは、そうした自由で自立的な選択ができないような状況に人々が追いやられてしまうことである。特に非正規雇用者になると能力開発の機会が若いときに十分得られないため、結果としてその後も自分の仕事能力を基盤とした自由な選択もできなくなってしまう。こうしたことは絶対に避けねばならない。若いときにはできるだけ多くの人がまず正規雇用者として働き始め、初期の能力開発、仕事の能力の基本を見つけるための教育訓練が受けられる制度を作ることが大切なのである。個人の選択による多様性のある雇用というのはそのうえでありえることなのだ。


 私はこの部分を安定成長の必要性を強調している箇所と解釈しました。その通りだと思いますが、ただ私のような非正規雇用者はどうすればいいんだろうなあ……


第7章「付加価値生産性を高める」 
 ここでは、付加価値生産性を高める雇用制度を述べています。清家先生はロバート・ライシュの『勝者の代償』でのオタク(Geek)と精神分析家(Shrink)の概念を持ちだし、これらをうまく組み合わせた活用の必要性を述べます。

 まあ、この部分は議論のあるところでしょう。それより、私の興味を引いたのが最近の若者の一部に蔓延する「組織に縛られない生き方」に対する清家先生の苦言部分。長いけど引用(p237〜)。

 そこで少し懸念されるのは、最近の風潮についてである。付加価値生産性を高めることの重要性については、その認識が共有され始めたのは喜ばしいことだと思う。しかし、付加価値を生み出すのは従来の組織人ではなく、一匹オオカミのプロフェッショナルと言ったタイプの人たちだと考えられているきらいがある。雇用流動化の話の中で、一人ひとりが仕事の能力を身につけて、どこに行っても困らないようにすればいいのだという言い方もよくされる。若い人たちに聞くと、かなり専門職指向があり、多くのものが医師になりたい、弁護士になりたい、公認会計士になりたい、あるいは何かのプロになりたいというのである。

 もちろん、付加価値生産性高めることのできる一匹オオカミ的な人材は存在するが、高度産業社会において付加価値生産性を高めるのは、やはり組織に属する人たちなのである。一番望ましいのは、どこに行っても使える能力を身につけた人が、どこへも行かずにそれまで長年勤めた組織の中で働くということなのだ。それがもっともその人の仕事能力を発揮できる働き方であ。一人ひとりが高度な専門能力を持っていることが鍵であると同時に、そうした人たちを育てたり、やる気を持って能力を発揮させたりすることのできるのは、組織をきちんと動かすことのできる組織人なのである。

 まあ、そうだよなあ。

おわりに
 本書は値段も手頃(1,000円+税)ですし、日本の雇用制度とその問題点を概観するのに最適だと思います。ただ、メリットを強調しすぎるあまり「現状維持派(体制側ともいえるかも?)」と受け取る人もいるかも(特に若い人)。でも、雇用制度に関して過激な言論が跋扈する現状において、落ち着いた議論を展開している本書は貴重だと思います。

*1:つまり景気変動による失業

*2:これは終身雇用制度も一緒