くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

前のエントリーの続きみたいなもの

 1月1日のエントリーで「今年はブログに引きこもってボチボチやっていきます。」と書いておきながら、まさか新年早々Twitterでやり合うとは思わなかった(笑) このエントリーはそのやりとりの感想戦と言うことで。

 リフレ派のほとんどが「金融政策(コミットメント)を市場に信頼してもらうためには、透明性とターゲット未達の場合の説明責任および達成責任を担保する枠組みが必要」な点については同意すると思います*1

 それと私が前のエントリーで書いた「議事録を読むかぎり『岩田副総裁は2%未達→即辞任』とはっていない」という指摘(擁護?)は、上記の点を否定しないと思うけどなあ。てっきり「2%即辞任」って言っている人たちは、岩田副総裁自身に対するスジ論(責任論)を言っているものばかりだと思ってた。そうじゃなくて中央銀行のガバナンスについて言っていたの?うーん。

 市場に信頼される金融政策の枠組みづくりと岩田副総裁の発言は別個だと思うがなあ。

 
 話がずれるけど、昨日、黒田総裁は中央銀行の責任についてどう述べているか気になって所信表明の時の議事録を読んだので、その部分を抜粋(赤字部分は引用者)。

衆議院 議院運営委員会議事録 第11号 平成25年3月4日


○中田委員(引用者注 中田宏衆議院議員 日本維新の会所属 以下同じ) そこで、二年をめどというお言葉がありましたけれども、この二年をめどとして努力をしてきたその結果として、日銀総裁として、それの達成、また、それを達成できなかった場合の方が問われますが、責任のとり方についての覚悟をお聞きしたいと思います。
○黒田参考人 (引用者注 黒田東彦日本銀行総裁 以下同じ) もちろん全力を挙げてやるわけでございますし、二%の物価安定目標は達成できると思っておりますけれども、達成できなかったときのことは現時点では考えておりません。達成する、達成しなければならないというふうに思っております。
○中田委員 そういう答えが返ってくるのかな、こういうふうに予想はしておりましたけれども、しかし、政府との役割、また責任ということについて明瞭にしていくことが重要なことであるということは、特に今回、日銀総裁人事に関しては極めて問われるところであります。
 あす所信聴取になります岩田副総裁候補でありますけれども、二年で達成できないならやめるくらいの覚悟が必要、こういうふうに既に述べています。
 こうした責任に対する明瞭な覚悟というものを求めたいと思いますが、いかがですか。
○黒田参考人 日本銀行は日銀法によって独立性を付与されておりますし、そうしたもとで二%の物価安定目標を決め、それをできるだけ早期に達成するというコミットメントをしているわけでございまして、当然、それに伴ったアカウンタビリティーというか、あるいは委員のおっしゃるガバナンスといいますか、説明責任のとり方というか、そういうことは十分認識していかなければならないと思っております。
 覚悟ということはよく理解しますけれども、日本銀行法における日本銀行の総裁、副総裁あるいは政策委員のあり方というものは、その法律に従って行われるということであろうと思っております。
○中田委員 いま一つ明瞭ではないんですけれどもね。
 しかし、そこは極めて重要なところでありまして、やはり、政府との役割、責任というものを共有していくということについて、政府の方は、これは基本的に国会議員で構成をしているわけでありますし、選挙という洗礼を受けるということにもなるわけでありますが、では日銀総裁の場合はということになりますと、御本人の口から明瞭なる覚悟が聞かれれば私たちとしては判断のしようがありますけれども、そうでなければ、一歩先に進んだ議論をせざるを得ません、それは日銀法改正ということにもつながるわけでありますけれども。
 いま一度、御本人の覚悟といいますか、この責任のとり方について、今の答弁でよろしいですか。
○黒田参考人 日銀法といいますか、あるいは中央銀行の総裁あるいは副総裁、政策審議委員などの責任のとり方ということについては、確かに各国でいろいろな形がございます。唯一の例外が、ニュージーランド中央銀行総裁であります。御承知のように、総裁になるときに物価安定目標を政府と交渉して決めまして、それが達成できないと解任されるということになっているわけです。ただ、ニュージーランド中央銀行総裁は、一人で金融政策を決めるわけですね。それに対して、FRBにしても、ECBにしても、イングランド銀行にしても、日銀にしましても、ほとんどの中央銀行は、金融政策の決定は委員会でやっているわけです。したがいまして、ニュージーランドのように、物価安定目標を、いわば総裁を引き受けるときの契約の条件のようにして、それが達成できないときは、解任される、解任される可能性があるというようなシステムをとっているのは非常な例外でして、ほとんどの国は、委員会という形になっていますし、物価安定目標を持っています。その目標の達成については、あくまでもアカウンタビリティーを求める、政府に対する説明責任、議会に対する説明責任ということをきちっと果たすということになっております。
 日銀法の改正云々につきましては、先ほど申し上げましたように、あくまでも、政府、国会がお決めになることであるというふうに認識しております。
○中田委員 御本人からもっと明確な言葉が聞ければ我々は判断のしようがあるわけです。しかし、それがいま一つ聞けないとなると、ある意味では、今私も申し上げた日銀法改正の議論をさらに積極的に進めていく必要が出てくるだろうと思います。
 一つは、日銀法改正については、物価目標ということについても、これは日銀の責任として盛り込んでいくという論点があります。
 もう一つは、黒田さんがその立場になるかもしれないこの日銀の総裁と役員についての、いわば解任ということも盛り込んだ内容にしていくべきではないかということも一つの論点であります。
 こうした日銀法改正について、もちろんこれは国会での議論ということになりますけれども、いかがお考えになりますか。
○黒田参考人 日銀法改正につきましては、先ほど申し上げたように、これは政府、国会がお決めになることだというふうに思います。
 ただ、その際に、当然のことですけれども、世界の中央銀行のいわばあり方、グローバルスタンダードということも当然お考えになってそういうことが議論されるということは望ましいと思いますが、あくまでも日銀法改正の問題は、政府と国会がお決めになることである、最終的に国会が議決されてお決めになることであるというふうに認識しておりますので、仮に総裁に任命されましたならば、現状では現行法に従いますし、もし仮に法律が変えられれば、その変わった法律に従うということは当然でございます。
○中田委員 これまでの黒田さんの御発言を聞いていますと、ある意味では、今までの日銀は役割を十分に果たしていなかったというふうに総括できるわけでありまして、その役割をしっかりと明確に日銀法の中にさらに定め、そして、それに対する、政府と一体となった責任のとり方ということについて日銀法の改正の中で実現をしていくということは、黒田さんのこれまでの主張にも沿っているというふうに思います。
 日銀総裁に仮になった場合は、現行法に従ってとか、あるいはそれは国会でお決めになることだということで、いわばその立場を尊重されるべきだと思いますけれども、今、その前にあります。
 そういう中において、この日銀法改正、今私が申し上げた論点を含めて、これは受容できるものというふうに理解をしてよろしいですか。
○黒田参考人 何度も申し上げますけれども、日銀法改正の問題は、政府、国会のお決めになることで、その内容についてとやかく申し上げるのは適切でないと思います。
 委員も御指摘のように、それから私も申し上げたように、過去十五年近くデフレが続いている、そして、現行日銀法は九七年に改正され九八年から施行されているという中で、物価の安定という責務を中央銀行として果たしてこれなかったということは事実でありまして、それは反省しなければならないし、その上に立って二%の物価安定目標を決めたわけですから、それはもう、全力を挙げて達成しなければならない、できるだけ早期に達成しなければならないと思っております。
 その意味では委員のお気持ちと似ていると思いますけれども、法律改正の問題につきましては、あくまでも政府と国会がお決めになることで、私からその内容とか方向についてとやかく申し上げる立場にはございません。
○中田委員 ニュージーランドのように一人に任せてもらえれば必ずやるけれども、集団なのでできないと言っているようにさっきから聞こえるわけで、そうであるならば、なおさら、法的に、私どもとしては、日銀がしっかりと、方向性を、集団として同じ方向に向いていけるようにしていくという議論が必要になってくるんじゃないか、それが法改正だということにつながるということにも思います。(以下略)


 黒田総裁の答弁は標準的な見解だとおもいます(まずは議会に対する説明責任)。私はいまの日本銀行の目標未達に対する責任のとり方は、黒田総裁が言うようにまずは説明責任だと思っていたんだけど。

 「いや、それならなば、なおのこと岩田副総裁は公衆の面前でハッキリと目標未達の場合の責任のとり方を宣言しなければならない。なぜなら、総裁と副総裁の間に責任の所在に関して齟齬(そご)が存在しているからだ。なぜリフレ派はこのことに関して目をつぶるのだ。おかしいじゃないか!」という指摘は当然飛んでくるでしょう。中央銀行のガバナンスという観点から見ればたしかにその通りだと思います。


 最初から中央銀行のガバナンスの話をしていたのか。それならば私のひとり相撲だったのかなあ。お騒がせしましたm(__)m

*1: (私はあまり言わないけど)リフレ派の「日銀法改正」主張はそういう意図じゃなかったのかな?