くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

本格ミステリかと思いきや……(ディクスン・カー著「火刑法廷」感想)

 方々でカーの傑作作品といわれている本作。いつかは読みたいと思っていたけどAmazonでも長らく在庫切れで「もう、古本屋を巡るしかないのか」と思っていた矢先、本屋で新訳版を発見し喜び勇んで購入。一読、「うーん」と唸ってしまいました。

あらすじ
 主人公は、編集者のエドワード・スティーヴンズ。本作は、スティーヴンズが、作家ゴーダン・クロスの新作原稿を受け取ったところから始まります。このゴーダン・クロスは犯罪者の伝記ばっかり書いている作家で、新作の内容はある女性毒殺魔について書かれたもの。その原稿につけられていた写真にスティーヴンスはびっくりする。何とその女性毒殺魔は妻のマリーにそっくりだったのだ!

 その衝撃から覚めやらない間に、今度はスティーヴンズの別荘近くに住んでいる友人のマーク・デスパレートからある相談を受ける。それは、「先日亡くなったマーク・デスパレートの伯父であるマイルズ・デスパレートが毒殺されたようなので、その調査に協力して欲しい」と言うものだった……

感想 
 本書の最初の方で提出される謎は主にこの2つです。ここにカー先生のお得意のオカルト趣味がふんだんに盛り込まれます。マイルズ・デスパレートが毒殺された際に現れた謎の女性、納骨堂から消えた遺体の謎、デスパレート家と毒殺魔であるブランヴィリエ公爵夫人の因縁、不可解なスティーヴンズの妻、マリーの不可解な行動等々。これでもかというぐらい盛り込まれています。

 読みながら私は、「ほうほう、今回のカー先生はこの状況をどう調理(解決)するのかな?」と、思いながら読んでいました。期待通り(?)物語の後半、探偵役の人物が現れてこの不可解な謎を鮮やかに解いていくのです。探偵の登場で事件が無事に解決!万々歳!……じゃないんですよね。カー先生はここからわずか5ページほどのエピローグをつけている。このエピローグはとっても短いものだけど、ここまで読んできた読者を必ず驚倒させる威力を秘めている箇所だ。

 カー先生に限らず本格ミステリというのは、不可解な事件を鮮やか論理で解いていく物語です。ミステリファンは、その合理的な解決に魅せられていると言っても過言ではないでしょう。私が以前書いた前口上でもこう書いている。

あと、これは将棋の升田幸三元名人の言葉なのですが、「詰将棋の妙味はハッとする鮮やかさに尽きる」という言葉があります。私は、この言葉はミステリの評価にも当てはまると思うのです。というか、私のミステリに対する評価軸の中には、「ハッとする鮮やかさ」が確実にある。何気ない事件風景が、探偵の登場でまったく別の風景(世界)が現れる……こういう作品も大好き。

 たしかに本作でも、探偵役の人物が現れて合理的な世界を見せてくれる*1。ただ、本作でカー先生はそこからもう一歩進んである世界を見せてくれるんだよね。

 本作が、方々でミステリとオカルトを融合させた傑作という評価は納得できる。ただ収まりが悪いのも事実。なんかね。これを読み終わった感じは、いわゆる「奇妙な味」作品を読んだ後と同じような感じになる。

 オススメの読み方は、ディクスン・カーの他の作品を何冊か読んで、「あぁ、ディクスン・カーというのはこういう作家なんだ」と言うイメージを持って本作品を読むのがいいと思う。初カー作品がこれだとどうだろうね。もし、高校時代の私がこれを読んだら「何じゃこりゃ?」と思って壁に投げつけたはずだ(笑)

火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫)

火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫)

*1:特に、納骨堂から消えた遺体の謎に対する解答は見事な一言