くじらのねむる場所@はてなブログ

岡山県南西部在住。1983年生まれの40歳。経済、ミステリ、ウイスキー等について細々とブログに書いています

高速道路の調査に来たのは……

 昨日、ツイッターで「竹森俊平先生の新刊を読みます」とつぶやいておきながら、一緒に買った山岡淳一郎著『インフラの呪縛』を先に読んでいます。いやあ、これがおもしろい!本書は主に戦後直後からのインフラ整備、ダム(治水)(第1章)、道路(第2章)、鉄道(第3章)の歴史をつづり、90年代の公共事業批判を振り返り(第4章)、そしてこれからの公共事業(第5章)のあり方を述べた本です。

 特にインフラ整備の歴史を描いた第1章から第3章が興味深い。前回の東京オリンピックのおり、猛烈な水不足で水泳競技が開催できないかもしれないという懸念があったという話は初めて知りました。

 他に、第2章の道路の話もおもしろい。戦後に策定された「道路整備五カ年計画」が満州にルーツがあるという話もなかなか興味深かったですが、今回紹介するのは高速道路の部分。

 当時の日本政府が高速道路を建設しようと思って世界銀行に話を持っていったら断られたという話はこの対談山形浩生氏が述べていますが、本書でそこから高速道路建設にいたるまでの話を描いています。

 ここでの主役は川本稔氏。川本氏は1920年米国生まれ、戦後はそのバイリンガル能力を買われGHQと日本政府の通訳などをやっていたそうです。そこでの実務能力を買われ高崎達之助の秘書に抜擢され*1、高速道路建設の費用を出してもらうため、吉田茂首相(当時)と米国に赴くのですが、むげに却下されたのは山形氏の話の通り、そこから川本氏は粘り強く交渉するのですが、外務省の横やりもあってなかなか進展せず。そして、ある人物に「日本に強力な調査団を派遣してはどうか?」といわれ、アメリカ連邦統計利用者会議理事長ラルフ・J・ワトキンスを紹介されます。

 ワトキンス氏は川本氏の調査依頼に好意的に応じ、川本氏は日本政府に調査団の派遣の許可を得て*2、ワトキンス氏へ調査団の人選を依頼します。

 で、ここからが私が「アメリカってスゴいなー」と思った部分。ふつう高速道路調査と言うことは、道路の専門家など技術集団を思い浮かべるはずです。でもワトキンス氏の考えはまったく違ったそうで……その部分を引用してみましょう。

川本が「ハイウェイの調査だからメンバーのほとんどは専門的技術者だろう」と予想していたところ、ワトキンスの考えはまったく違っていた。
「技術者は一人でいい。これは経済の問題なので、MIT(マサチューセッツ工科大学)の計量経済学の専門家、ハーゲンが一番大事だ。統計学的に、それをまとめ上げるのは私だ」と彼は言った。政策面ではブルッキングス研究所のウィルフレッド・オーエンに白羽の矢を立てる。ブルッキングス研究所はオーエンの日本出張をなかなか認めようとしなかったが、ワトキンスの尽力でようやく日本への派遣が許された。(p88-89)


 まさか、ここで(計量)経済学者がでてくるとは!また、その調査手法も当時の日本の常識からしたら大胆なものだったそうで……再び引用。

ワトキンス調査団は来日した。56年5月から8月初旬まで調査団は滞在し、全国各地で綿密な調査をし、分厚い報告書を建設大臣に提出した。その調査手法は、日本の常識を覆すものだった。
 来日直前、ハワイで一泊した調査団は川本を前にこんな意見を出している。
「国道一号(旧東海道)の沿線にある工場を全部視察しよう。倉庫にどれだけのロー・マテリアル(原材料)があるか調べよう。そうすれば、三日、一週間、あるいは一ヶ月、そのデッドストック(売れ残り在庫)にかかる金利だけでも集計すれば、道路ができるじゃないか」
 川本は驚いて「そこまでやったら大変だ。一年ぐらいかかるぞ」と抑えながらも、大胆な発想に舌を巻いた。日本には道路建設で製造業の在庫が減って経済効果をもたらすなどと考える経済学者はいなかった。ワトキンス調査団は、日本経済の動的成長力を解析し、それを背景とした高速道路計画の必要性を説いた。そのうえで日本は、国土の広さ、地形から道路輸送が適しているにもかかわらず、整備が遅れていると指摘。財政の見通し、国内産業、貿易及び国際収支の将来動向などに触れる。(p92-93)


 国道一号沿線沿いにある工場の在庫調査!

 こういった調査から作成された報告書はなかなかショッキングだったそうで。
 

報告書の「『道路運輸政策』への勧告」にはいささかショッキングな文言が並んだ。

  1. 日本の道路は信じがたいほどに悪い。工業国にして、これほど完全にその道路網を無視してきた国は、日本の他にない。
  2. 道路網の閑却は日本経済に重いコストの負担を課している。
  3. 現行の道路整備五カ年計画は誠にささやかなものであり、道路網の甚だしい不備を是正するには、はるかに足りない。
  4. 日本の道路は少なくとも年五億ドル、すなわち一八〇〇億円に増加されるべきである。これは現在の額のおよそ三倍にあたるであろう。
  5. 最終的に東京まで建設を予定されている高速道路の一部としての名古屋−神戸間高速道路は、加速度的な道路整備計画の重要欠くべからざる一部である……(p93-94)


 本書によると、この報告書によって当時の国会議員も「道路整備」の緊急性に気づいたらしい。ちなみにこの報告書を世界銀行に持って行っても、なかなか融資をしてくれなかったそうで。再三にわたり日本政府が訴えてようやく借款をえることができたそうです。


 まさか、日本の高速道路建設に経済学者が関わっていた*3とは、読んでいてびっくりした。

*1:とはいうものの秘書になるまで「道路」について何も知らなかったそうで

*2:ここでも外務省の横やりがあってなかなかすすまんかったらしい。

*3:アメリカのだけど