ギャツビーは信じていた。あの緑色の光を、年々ぼくらから遠ざかっていく、うっとりするような未来を。あのときはぼくらの手をすりぬけていったけど、大丈夫――明日のぼくらはもっと速く走り、もっと遠くまで腕を伸ばす……そしていつかきっと夜明けの光を浴びながら――
――フィッツ・ジェラルド『グレイト・ギャッツビー』より*1
山陽新聞では、2012年1月1日号から、「『30代』のパズル――希望を探して――」という連載が始まっています。就職氷河期世代と言われる人々の現在の姿を描いている連載です。
現在、第2部が山陽新聞紙上で掲載されているのですが、本当に読むのがツライ。内容を簡単に紹介すると、
第2部の主人公は、元社会保険庁職員の綾信貴さん(33)。彼は公務員の親の背中を見て育ち、就職氷河期の厳しい就職競争の中、希望どおり社会保険庁の職員となりました。どの部署でも積極的に働き、高評価を得ていた彼。就職して2,3年後には、結婚もして順風満帆といって言い人生を送っていました。しかし、2007年に起きた「年金記録問題」によって彼の人生は一転してしまう。新聞紙上に掲載された文章を引用。
そのさなかの08年10月、彼は苦情対応を一手に引き受ける庶務・年金給付課に異動になる。待ったいたのは"修羅場"だった。 (中略)
入庁以来、あらゆる仕事をそつなくこなしてきた彼も年金給付業もずぶの素人。そればかりか、頼みの上司や先輩も"いっぱいいっぱい"だったから、ひたすら頭を下げるしかなかった。
午後5時の閉庁まで何とか乗り切っても、備品の点検や全職員の残業計算と言った「庶務」部門の仕事が残っている。勤務は深夜に及び、疲れ果ててベッドにもぐり込んでも神経が高ぶったままでなかなか眠れなかった。
「抑うつ状態ですね」。異動して20日ほど過ぎた頃、心療内科でそう診断された彼は、4ヶ月弱を自宅で療養することになる。
「休職中は一切仕事のことを考えないように」と主治医に口酸っぱく言われていたが、妻がパート、長女が保育園に行ってひとりになると、ついつい頭を抱え込んでしまった。<どうしてこのタイミングに、あの現場に居合わせてしまったんだろうか…>と。
「人間万事塞翁が馬」というのはたやすい。私は、「景気が回復すれば、いまの社会問題の7,8割は改善する」とする立場を取っているけど、こうした「不条理」は経済成長では解決できない*2。
どうすればいいんだろう?
飯田泰之先生がブロゴスで言っていたように、私も「個人の運、不運で生じる結果」を少しでも是正する制度を望むけど、その道は遠い。
思い返せば、安倍元首相の「再チャレンジ社会」というスローガンは、かなりいいスローガンだった*3。自分なりに「再チャレンジしやすい社会」を考えてみると、
とりあえず、突然「失業」や「病気」になっても、当面はしのげるようにしないといけないだろう。それで、個人の「不条理」がすべて解決するわけじゃないけど。お金があれば、とりあえず生きてはいける。
ただし、こういった制度設計も経済全体に余裕がなければできないだろう。とりあえず、デフレ脱却&安定成長を目指すことを強く望みます。
山陽新聞に掲載された連載は山陽新聞のHPで読むことができます(私が引用した最新版はまだアップされてないみたい)。
しかし、いくら対応の人手が足りないからといって、「ずぶの素人を何も知らせないまま丸腰で最前線に投入する」なんて、社保庁も無茶するよなぁ。いや、末期戦だとおなじみの光景か。いまや日本全体が末期戦……
*1:『グレイト・ギャッツビー』の翻訳は、たくさん出ているけど、今回は青空文庫で公開されている翻訳から引用しました
*2:ちなみに私はこの世でいちばんの不条理は「死」と「病気」だと思っております。
*3:ただし、かけ声倒れだったけど(笑)